グランパの青春日記

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 「東海道53次」(四日市宿〜石薬師宿)を歩きました。(その二十九)

<<   作成日時 : 2008/06/16 05:51   >>

トラックバック 0 / コメント 0

6月15日のブログ」に書きましたが、前の会社に一緒に勤務していた仲間から「東海道53次を歩いて・見て・食べる旅をしよう」と誘われ参加しています。前日は「桑名宿〜四日市宿」まで歩きました。朝起きると天気予報の通り雨が降っています。これで、3回目の雨です。朝食の後、10名で朝7時30分ホテル前で写真を撮影してからスタートしました「鵜の森神社」「浜田城跡」「丹羽文雄生誕の地の石碑」を見学しながら、狭い旧東海道をすれ違う車に気をつけながら歩く。雨の中では歩き難い。「鈴木薬局」「大宮神明社」「水沢への道標」「興正寺」「両聖寺」「日永神社」「実蓮寺」「西唱寺」「日永の一里塚」を過ぎた午前9時頃には雨があがった。雨の中では仲間での楽しい談笑ができないのが残念である。「日永の追分」には「揚水場」があり美味しい水をボトルに入れる。「観音寺」を過ぎ、「内部橋」を渡った所の「小公園」には「平成内部の一里塚」があるはずが見つからない。小休止とする。いよいよ、芭蕉が「歩行ならば杖つき坂を落馬かな」と詠んで有名になった「杖衝坂」の難所となる。途中には「芭蕉の句碑」「大日の井戸」「弘法の井戸」「血塚社」等があるが、急坂は短い。「采女の一里塚」は車の多い国道の反対側にあり危険を感じながら写真を撮る。11Kmで国道から分流する地点で「四日市市」から「鈴鹿市」に入る。少し歩くと「石薬師宿」の標柱があり「北町の地蔵堂」がある。ここは、唱歌「夏は来ぬ」の作詞者「佐々木信綱」の生誕地で街道には「歌カルタ」がかかっている。「小沢本陣跡」「天野記念館」「佐々木信綱資料館」「浄福寺」を過ぎると、宿場の名前にもなった「石薬師寺」に着く。ここは、参勤交代の諸大名も参詣した由緒あるお寺である。近くには鎌倉幕府を開いた源頼朝の弟:源範頼を祀った神社「蒲冠者範頼之社」がある。「石薬師の一里塚」を過ぎると、旧東海道」は線路や高速道路で切断されあぜ道を歩く。暫く歩くと先行組から今日の最終地「JR関西本線:加佐登駅」前の「焼肉店」にいるとの連絡がある。12時20分到着。既に先行組は飲み始めている。聞けば、駅前には一軒しか食べ物屋「和牛焼肉:聖火」が無く午後5時からの営業を無理に開けてもらったとの事、早速、美味しいビールと焼肉を食べ始める。ここから名古屋行きの電車は一時間に一本で13時の次は14時である。急いで食べれば間に合うが宴会が始まると時間が気にならなくなる。女将さんと一緒に写真を撮ったりしてゆっくりして14時の列車に乗った。名古屋からは新幹線で午後6時30分に家に着いた。<本日の歩数:25千歩>
尚、別途私の「ホームページ」に詳細を掲載する。
画像

<ホテル前にて=私を除く>
画像

<加佐登駅前にて=私を除く>

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文