「駅からハイキング」(68)<中央線のど真ん中、小金井の自然と歴史を巡るハイキング>に参加しました。

5月24日のブログ」に書きましたが、JR主催の「駅からハイキング」が一昨年4月からリニューアルされ参加しています。2016年度(4月~3月)としては20回参加して190Kmを歩き、賞品のプレゼントに応募した所、当選して「C賞:ワンタッチスリムボトル(260ml)」をいただきました。2017年度(4月~3月)は25回参加して238Kmを歩き、プレゼントに応募しました。(当選しませんでした)2018年度(4月~3月)は17回参加して148Kmを歩き、プレゼントに応募しました。
2019年度が始まり、累計68回目は6月17日(月)「中央線のど真ん中、小金井の自然と歴史を巡るハイキング」(6月12日~23日)に参加しました。『新宿から約25分、中央線東京~高尾間のほぼ真ん中に位置する小金井の自然と歴史にふれあう約8㎞のハイキング。
朝9時半に出発し、バスを利用して「八王子駅」に行き、そこから中央線で「武蔵小金井駅」に10時半過ぎに着きました。駅前で地図とバッチをもらってスタートしました。今日は晴れていて少し暑い日です。地図に沿ってまずは南口から出発し「滄浪泉園」①に入園しました。『明治・大正期に三井銀行の役員、外交官、衆議院議員などを歴任し、活躍した波多野承五郎(雅号・古溪)氏の別荘の庭園で、小金井市の歴史と共に歩んできた「はけと湧水」をたくみに生かした由緒ある緑地です。滄浪泉園と言う名の由来は、大正8年、この庭に遊んだ犬養毅(雅号・木堂)元首相が友人である波多野氏のために名づけたと言われ、「手や足を洗い、口をそそぎ、俗塵に汚れた心を洗い清める、清清(せいせい)と豊かな水の湧き出る泉のある庭」という深い意味を持ち、石の門標文字は犬養毅元首相自筆によるものです。』ここからJR線を越えて北に歩き「ナンジャモンジャ通り」②を歩きました。『名前の由来は、商店会の軸となる並木通りに咲くナンジャモンジャの木から。鮮魚、野菜、お肉と生鮮三品の商店が揃う、市内でも貴重な商店会は、味に定評のある飲食店も多く、昔から続く実力派のお店と、若い世代が新しく始めたお店が調和した、個性豊かな顔ぶれ。』途中で「山王稲穂神社」③を参拝しました。『山王稲穂神社は、新田開発にあたり、山王日枝神社を勧請して承応3年(1654)に山王社と号して創建、明治維新後に稲穂神社と改称したといいます。』ここを出て「あじさい通り」④を歩きました。『歩道の脇に小金井分水路跡が残っている。6月にはあじさいが見られる。』丁度満開であったが塀が邪魔で写真が上手に撮影できませんでした。次に地図に沿って「はなの木通り」を歩き「五日市街道」に出て、「江戸東京たてもの園」⑤に向かって歩こうとしたら、同じように歩いていた方から「今日は月曜日で休園」と教えられました。『東京都は、1993年(平成5)江戸東京博物館の分館として、敷地面積約7haを擁する「江戸東京たてもの園」を建設しました。当園では、現地保存が不可能な文化的価値の高い歴史的建造物を移築し、復元・保存・展示するとともに、貴重な文化遺産として次代に継承することを目指しています。』12時を過ぎていたので近くにあった「くら寿司」に入りました。今夜の宴会では寿司が出るので「鰻丼」を美味しく食べました。
食後、「>都立小金井公園」⑥に入園しました。『玉川上水沿いに位置した、面積約80ヘクタール(日比谷公園の4.9倍、上野公園の1.5倍)の広大な公園です。この公園は広々とした草地、それを取り巻く雑木林、桜の園、子どもの広場、弓道場、SL(C57)展示、16面のテニスコートと内容豊かな公園です。』ここは特に桜が有名です。公園を出て地図に沿って歩き「浴恩館公園・文化財センター」⑦に入りました。『当館は作家下村湖人が青年団講習所の所長として講習生と語らい、小説『次郎物語』の構想を練った浴恩館を改修して資料館としたものです。市内の考古資料・古文書・民具をもとに、小金井市のあゆみや生活について常設展示しています。』公園は入れましたが建物は休館日でした。ここから地図に沿って歩き、午後2時過ぎに「JR東小金井駅」にゴールしました。駅前の喫茶店でコーヒーを飲みながら時間調整して「同窓会」に参加しました。<本日の歩数:19千歩>
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<①滄浪泉園>
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<③山王稲穂神社にて>
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<⑥都立小金井公園>
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<⑦浴恩館公園・文化財センター>

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