長野の「善光寺」と「小布施」に行きました。

9月24日のブログ」に書きましたが、「JR駅からハイキング」(70回)と「秩父34ヶ所巡り」の満願の為に「別所温泉」の「旅館:上松や」に宿泊しました。
9月18日(水)朝6時過ぎに起床し、早速昨日と男女交代になった温泉に入りました。朝7時半から盛りだくさんの朝食を広い部屋で食べました。その後車で駅まで送ってもらい、上田電鉄で上田駅に行き、新幹線1駅わずか10分で長野駅に10時20分に着きました。荷物を預けて早速「善光寺」にお参りし、これで満願をすますことができました。『信州善光寺は、一光三尊阿弥陀如来様を御本尊として、創建以来約千四百年の長きに亘り、阿弥陀如来様との結縁の場として、民衆の心の拠り所として深く広い信仰を得ております。戦乱の時代に巻き込まれ、荒廃を余儀なくされましたが、江戸幕府開府に伴い、徳川家康より寺領千石の寄進を受け、次第に復興を遂げて参りました。泰平の世が続き、一生に一度は善光寺詣りをと、多くの人々が参詣されました。近代を迎え、交通網の発達とともに参拝者は増加し、今日では年間約600万人もの方々がこの地を訪れます。』
その後、小雨模様でしたが予定通り長野電鉄で「小布施」観光に行きました。ここは私は初めてでしたが、Teさんが詳しくてタクシーも使いながら手際よく観光する事ができました。まずは整備された街並みを楽しみ「信州小布施:北斎館」に入館して展示を楽しみました。『浮世絵師・葛飾北斎の美術館です。 ここは小布施で描かれた肉筆画、画稿、書簡などを元に開設したものです。北斎が小布施を初めて訪れたのが80歳を越えていました。』
一旦、駅に戻りタクシーで「岩松院」に参拝し「北斎の天井絵」を見学しました。『本堂中央(大間)の天井に描かれている鳳凰図です。葛飾北斎88歳から89歳にかけての作品といわれています。北斎は83歳を初めとして小布施に4回訪れており、4回目の滞在約1年をかけて大間天井に鳳凰図を描きました。翌年江戸に戻り、90歳で亡くなっています。大きさは畳21枚分。作成から160年以上たっていますが塗り替えは1度も行っておりません。朱・鉛丹・石黄・岩緑青・花紺青・べろ藍・藍など顔料を膠水で溶いた絵具で彩色されており、周囲は胡粉、下地に白土を塗り重ね金箔の砂子が蒔かれています。制作時の痕跡として、絵皿の跡が残っています。』ここから歩いて「浄光寺」を参拝し「薬師堂」を見学しました。『浄光寺は国の重要文化財にしていされている薬師堂(室町初期1408年建立)があり、2008年で建立満六百年を迎えました。今では基調な茅葺屋根も2007年に葺き替え工事を行い綺麗になりました。また縁結びのお薬師さんとしても親しまれ若い男女も多く訪れています。』ここからは又タクシーで「小布施駅」に戻り、長野電鉄で「長野駅」に戻りました。お土産等を買ってビールを飲みながら「新幹線」で大宮に帰りました。ここから八王子駅経由19時30分に無事帰宅しました。
二日間の上田・長野の有意義な旅行に同行していただいたTeさん・Seさんに感謝しています。<終り>
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<朝食会場にて>
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<善光寺にて>
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<信州小布施:北斎館>
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<岩松院>
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<薬師堂>





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