久しぶりに私の郷里「福知山市」に行きました。

10月14日のブログ」に書きましたが、10月9日(水)10日(木)大学時代のESSの仲間と伊東市(川奈)の「サザンクロスリゾート」で宿泊、宴会をし、ゴルフを楽しみました。その後、関西の仲間3名と熱海から新幹線に乗り京都駅で別れました。私は予約していた「シタディーン京都烏丸五条ホテル」に宿泊しました。
翌朝、朝食後京都駅発8時38分の特急に乗り9時54分に郷里:福知山市に着きました。私は昭和15年(1940)に2男4女の次男として生まれ下に妹がいます。両親は亡くなっていて、家具店(なかや)を継いだ兄も6年前に亡くなり、その長男は福知山で会社勤務をしていて店は既に閉まっています。二人の姉は既に亡くなっていて、5才上の姉が福知山で娘と一緒に寝具店を経営しています。二人のご主人は亡くなって女手のみで経営しています。
今年の3月に茅ケ崎に住む私の妹から連絡があり、郷里の福知山市に住む姉が入院されたのでお見舞いに行ったと連絡がありました。その結果、私にもお見舞いが必要との事でした。電話で娘さんに確認した所、既に退院して落ち着いているとの事で安心しました。その時には11月に大学ゼミの同期会が京都であるのでその時に行くつもりでした。然し、同期会が中止になり今回の熱海からの旅行になりました。
福知山駅から約10分歩いて訪問しました。2年前の高校の同期会に帰郷した時お会いした時はまだ2階の作業室で布団の綿入れのお仕事をされていました。然し、怪我をされたり体調を崩されたりしてすっかり病人になっておられたのには驚きました。1階の倉庫を改築した部屋に電動ベッドを置き、毎日介護士さんに来てもらっているそうです。幸い、ゆっくりとお話しする事もできました。
その後、娘さんの運転でお店のあった商店街や「福知山城」を見て回りました。ゆっくりでも街の風景が変わっているのに驚きました。
『福知山城は、 天正7年(1579) ごろ、丹波平定に成功した明智光秀が丹波の拠点として新たに城を築いたのが始まりとされています。以来、 戦乱の時代、城主が交代する中、順次整備が進められ、慶長5年(1600) ごろに完成したようです。明治時代のはじめに廃城令で取り壊され、 石垣と銅門番所だけが残されていましたが、市民の瓦1枚運動などの熱意によって、3層4階の天守閣が、 昭和61年 (1986) 11月に再建されました。天守閣は、 望楼型の独立式を基本として復元され、初期天守閣の特徴がよく現れたものとなっています。石垣は、 築城当初の面影を残すもので、野面積み、乱石積み、穴太積みなどと呼ばれる、自然石をそのまま用いた豪放なもので、 福知山市の指定文化財となっています。福知山城を築いた戦国武将、明智光秀が主人公のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」が来年1月から放送開始です。 』
残念にも明日は台風19号が関東に上陸する予報で新幹線がストップするとの事で、予定より早く帰宅する事にしました。お土産を買って昼食後12時44分発の特急で京都に行き、14時32分発の「新幹線」に乗車しました。幸い自由席でも窓側に座れました。大きな荷物を持った外国旅行者が多数乗車していました。途中からは立つ旅行者もいました。17時過ぎに東京駅に着き、19時過ぎに雨の中帰宅しました。
3日間の旅行は楽しみも悲しみもありました。<終り>
IMG_6956.JPG
<福知山城を背景に>
IMG_6962.JPG
<店のあった商店街>
IMG_6964.JPG
<福知山駅>

<10月14日からパソコンが利用できなくなり、掲載が遅くなりました>


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント