「駅からハイキング」(79)<梅花の季節、馬込文士村をめぐりながら池上本門寺へ>に参加しました。

2月21日のブログ」に書きましたが、JR主催の「駅からハイキング」が4年前の4月からリニューアルされ参加しています。2016年度(4月~3月)としては20回参加して190Kmを歩き、賞品のプレゼントに応募した所、当選して「C賞:ワンタッチスリムボトル(260ml)」をいただきました。2017年度(4月~3月)は25回参加して238Kmを歩き、プレゼントに応募しました。(当選しませんでした)2018年度(4月~3月)は17回参加して148Kmを歩き、プレゼントに応募して当選しました。(ボトル入り冷却スカーフ)
累計79回目は2月24日(月・祝日)<梅花の季節、馬込文士村をめぐりながら池上本門寺へ>(2月20日~26日)に参加しました。(約9.0Km)『大正末期から昭和にかけて多くの作家や芸術家が住んだ馬込文士村を通って、池上梅園(有料)で花を愛でたあと、春の訪れを感じながら日蓮宗の大本山・池上本門寺を目指します。』
行きは朝8時半前に出発し、京王線・山の手線・京浜東北線で「JR大森駅」に10時過ぎに着きました。改札口横の受付で地図とバッチをもらってスタートしました。今日は比較的暖かく好天です。まずは大森駅西口から地図に沿って歩き、「大田区立尾﨑士郎記念館」①に立ち寄りました。『平成20年5月にオープンした「尾崎士郎記念館」では、昭和29年に建てられた居宅のうち書庫、客間、書斎を再現し、そのエネルギッシュな執筆活動を伝えるために、特に、机周りの雑然とした雰囲気を活かした展示を行っています。豊富な蔵書や原稿用紙はもちろん、いくつもの徳利や調度品からは、酒と相撲を愛した作家の息づかいが聞こえてきそうです。』更に近くの「大田区立山王草堂記念館」②に立ち寄りました。『日本で最初の総合雑誌「国民之友」を創刊し、 また全100巻の「近世日本国民史」を刊行した、 徳富蘇峰(1863年から1957年) の旧居の一部を保存し、その足跡をたどる資料を展示しています。蘇峰の蔵書や書簡、愛用の品などを展示。 中でも「近世日本国民史」の自筆の原稿は圧巻です。』ここからも地図に沿って歩き「曹洞宗萬福寺」③に参拝しました。『建久年間(1190~99)大井村丸山の地に密教寺院として創建されました。開基は梶原平三景時公であったと伝えられています。元応2年(1320)火災にあい、第六代の梶原掃部助景嗣が居城とともに馬込へ移転したと伝えられます。』近くにある「大田区立郷土博物館」④に立ち寄りました。『大田区を中心とした人文科学系の博物館で、考古、歴史、民俗資料などの文化遺産を保管、展示しています。』近くにある「大田区立熊谷恒子記念館」⑤に立ち寄りました。『現代女流かな書の第一人者として活躍した熊谷恒子(1893-1986)が、生前に住んでいた自宅を改装し、平成2年4月に開館しました。記念館は、昭和11年に建てた自宅の雰囲気をそのままに、恒子の優美な書をご覧いただくことができます。』ここからは地図に沿って暫く歩き、「道々女木橋」⑥を渡りました。『南馬込6丁目にある、東京都交通局馬込車両基地の中ほどに「道々女木橋」という橋がかかっています。この基地は1968年(昭和43年)に浅草線が西馬込まで開通することに合わせて発足し、元々道だった部分に橋が架けられました。長さ約139m(階段部分込)』少し歩いて「池上梅園」⑦に入りました。丁度満開で大勢の見学者で賑わっていました。『高低差を生かした梅園や茶室などがある公園になっている。戦前まで当地は日本画家の伊東深水の自宅兼アトリエ(月山山荘)であったが、戦災で焼失。戦後は拡張され築地の料亭経営者の邸宅があったが、所有者の没後、庭園として残す事を条件に東京都に敷地を譲渡。1978年に大田区に移管された。大田区は当庭園に区の花である梅の花の植林をするなど整備し、現在は370本(白梅150本、紅梅220)の梅の木が植わっている。』ここから急な階段を上がって「日蓮宗大本山 池上本門寺」⑧を参拝しました。『日蓮聖人が今から約七百十数年前の弘安5年(1282)10月13日辰の刻(午前8時頃)、61歳で入滅(臨終)された霊跡です。』長い階段を下りて少し歩き「萬屋酒店」⑨を外から見ました。『池上本門寺参道沿いの現在地に茶屋を営んだのが当家のはじまりと伝える。つし二階建,出桁造りの江戸時代以来の町家の形式で,上げ下げ戸を含め旧状を良く残す。門前町の代表的な建物のひとつであり,ランドマークとして親しまれている。登録有形文化財に指定』次の「德持神社」⑩は道を間違え参拝できなかった。『当社の創建は、建長年間(1249〜1255)に、豊前(現在の大分県)の宇佐神宮よりご分霊を勧請したと伝えられています。荏原郡池上村大字徳持の住民の守護神として崇敬され、古くは社の管理をしていたのが徳乗院(御旗山真勝寺)であったことから、御旗山八幡宮とも称されました。昭和41年9月3日に竣功奉祝祭を行い、八幡造の社殿が復興されました。創建から約750年、今も変わらず池上徳持の地に鎮座し、人々の暮らしをお護りいただいております。』地図に沿って歩き、右折して「JR蒲田駅」に向かって「大城通り商店会」⑪を歩きました。『大城通り商店会は昭和3年に発足し、地域の皆様とともに成長してまいりました。近くには女塚神社や妙成寺、欣浄寺などの寺社仏閣も多く、また日本工学院専門学校もあり、古き良き蒲田と新しい蒲田を感じられる商店会です。「おおた区ド真ん中 大城通り商店 会」のキャッチフレーズでアピールしています。』残念ながら閉店している店も多く、昼食に適したお店もありませんでした。商店街の終わり近くの「女塚神社」⑫に参拝しました。『以前、八幡社と呼ばれ女塚村429番地(国電蒲田駅東口付近)に鎮座していましたが、明治5年、京浜間に鉄道が敷設されるため、明治21年現在地に遷座され、女塚神社と改称されました。』これで見所は終り、ゴールの「JR蒲田駅」近くの「牛丼:吉野家」で遅い昼食を食べました。ここからは、京浜東北線・山手線・京王線を乗り継いで帰宅しました。<本日の歩数:20千歩>
IMG_7990.JPG
<②>大田区立山王草堂記念館の「徳富蘇峰像」にて>
IMG_7995.JPG
<③>曹洞宗萬福寺にて>
IMG_8009.JPG
<⑦>池上梅園
IMG_8015.JPG
<⑧>池上本門寺にて>





ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント