「駅からハイキング」(71)<「令和元年」開運!池上七福神巡り>に参加しました。

9月24日のブログ」に書きましたが、JR主催の「駅からハイキング」が一昨年4月からリニューアルされ参加しています。2016年度(4月~3月)としては20回参加して190Kmを歩き、賞品のプレゼントに応募した所、当選して「C賞:ワンタッチスリムボトル(260ml)」をいただきました。2017年度(4月~3月)は25回参加して238Kmを歩き、プレゼントに応募しました。(当選しませんでした)2018年度(4月~3月)は17回参加して148Kmを歩き、プレゼントに応募して当選しました。(ボトル入り冷却スカーフ)
累計71回目は10月6日(日)「「令和元年」開運!池上七福神巡り」(10月3日~9日)に参加しました。(約9.5Km)『養源寺に「恵比寿天」と「大黒天」の二神が同時に祀られるという何とも幸運なタイミング。また、大田区立龍子記念館では「カッパと水辺の物語」を展示中です。』私は平成14年以来毎年正月に「七福神巡り」をしていますがまだ「池上七福神巡り」はしていませんでした。
行きは朝8時過ぎに出発し、京王線で新宿に行き、山手線で品川駅、京浜東北戦で「蒲田駅」に10時前に着きました。中央改札口横の受付で地図とバッチをもらってスタートしました。今日は曇りの予報でしたが途中で小雨に会い一時傘をさして歩きました。地図に沿ってまずは「曹禅寺(布袋尊)」①に参拝しここで色紙(500円)を受け取りました。『曹禅寺は、布袋尊を奉っており、池上七福神の色紙も置いてあり、 七福神巡りのスタートのお寺としても知られております。布袋尊は、福徳・円満・忍耐を授ける弥勒菩薩の化身です。また、七福神の教義を仏典では"七難即滅・七福即生"と説いております。』今までの「七福神巡り」ではご朱印を受けるのに300円を払いましたがここでは以降も自分で色紙に印を押しました。「東横池上線」の「池上駅」近くの「微妙庵(毘沙門天)」②を参拝しました。『微妙庵は池上本門寺の境内外にあり、池上七福神の一つに数えられる毘沙門天をお祀りしているお堂です。厄除けと学問の神であり、その摩訶不思議な縁起もあって、近隣は元より古くから多くの信仰を集めています。』次に「池上本門寺」近くの「本成院(福禄寿)」③を参拝しました。『弘安5年(1282)日蓮聖人の直弟子日向聖人の庵室として開創。はじめは池上の北谷の地「とどろき」という所にあり、北之坊または喜多院とよばれた。その後、東谷にあった本成坊が廃寺となり、これと合併、再興された。慶長年間(1596-1615)池上本門寺13世日尊聖人の隠棲地として整備されたが、宝永年間(1704-1711)に火災で焼失。享保年間(1716-1736)に現在地に移り再建、本成院と称するようになった。福禄寿は、七福神の一人です。幸福(この幸福の意味は、血縁のある実の子に恵まれること)、財産、健康的な長寿の三つを表しているそうです。宋の道士であった天南星、南極星の化身であるとされることがあります。』ここから「池上本門寺」④の境内に入り、96段の階段を上って参拝しました。ここの「大黒天」はお堂が改修工事の為「養源寺」⑦に祀られています。ここから少し歩いて「厳定院(弁財天)」⑤を参拝しました。『正応2年(1289)池上本門寺2世日朗聖人の直弟子、厳定院日尊聖人が開創。天文5年(1536)西谷の西之院のとなりにあった成就坊と合併、現在地に堂宇を構えたと伝えられる。成就坊の境内にあった弁財天を池上七福神として石造りの弁天宮にお祀りしている。弁才天は、日本の神様である「市杵嶋姫命」のことを指す場合も多い神様で「七福神」の一員として宝船に乗っている姿が有名です。』次に地図に沿って「照栄院 妙見堂(樹老人)」⑥を参拝しました。『妙見大菩薩を奉安するお堂。慶応2年(1866)の再建で、明治時代に増築工事が行われました。小さなお堂ですが、銅板の屋根と欅の柱のバランスが大変よくできているといわれます。口承によると、南谷檀林が盛んな頃、伊豆から一人の若い僧が檀林にやって来ました。ある時、本門寺の大法要の盛儀に接し彼は大変に感激しました。将来自分もこのような法要の中心に座りたいと思いました。学期が終わった後、彼は一人妙見堂に籠もり、一週間の断食の行に入りました。学問を修めていつかは貫首となりたいと一心に祈りました。行を終えて、朦朧としながら妙見堂の参道に立つと、大樹のもとに一人の老人がいていいました。「仏道の修行は猊座に上って高価な法衣を着るためではない、地に降りて人々のかたくなな心の衣をはがすためだ。」僧がはっとするともう老人はいませんでした。数年して、学成った彼は故郷に帰りました。後年、再び妙見堂を訪れた時、あの大樹は大風で倒れていました。彼はその木で老人の姿を彫らせ妙見堂に納めました。それが樹老人です。 』更に少し歩いて「養源寺(恵比寿・大黒天)」⑦を参拝しました。『日蓮宗寺院の養源寺は、松平右京大夫隆政の母、養源院殿妙荘日長大姉の発願により、荏原郡浜竹村(東蒲田付近)にあった本成寺を松平家の所領であった当地に移転、池上本門寺十八世日輝聖人を迎えて慶安元年(1648)に開山しました。養源寺は、池上本門寺歴代住職の隠居所となり、八代将軍吉宗が鷹狩りの際には御膳所となっていたといいます。池上七福神の一つ恵比寿さまを祀ってあります。更に馬頭観音堂が改修工事の為、食物・財宝を司る大黒天を預かり、恵比寿と共に祀っている。』これで「池上七福神巡り」は終了しました。ここから更に地図に沿って暫く歩き「大田区立 龍子記念館」⑧に入館しました。『龍子記念館は、近代日本画の巨匠と称される川端龍子(1885-1966)によって、文化勲章受章と喜寿とを記念して1963年に設立されました。当館では、大正初期から戦後にかけての約140点あまりの龍子作品を所蔵し、多角的な視点から龍子の画業を紹介しています。展示室では、大画面に描いた迫力のある作品群をお楽しみいただけます。』ここで展示品を見て、更に少し歩いて「山王花清水公園」を見学しました。『斜面地に四季の花を植え、平部には洋風東屋と湧水が流れる石段を配した芝生広場があり、和洋折衷の庭園といったイメージです。澄んだ湧水場があり、隣接している弁天池児童遊園の池に流れ込んでいます。』これで見るべきものは終了し、午後1時過ぎにゴールの「大森駅」に着きました。ここで「牛丼」の店で小さいビールを飲みながら食べました。ここからは「JR京浜東北線」で「川崎駅」へ、南武線で「分倍河原駅」へ、京王線で「めじろ台駅」に戻り、バスで帰宅しました。今日は日曜日で多くの参加者があり道に迷うことも無くウォーキングができました。<本日の歩数:20千歩>
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<①曹禅寺にて>
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<④池上本門寺>
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<⑦恵比寿・大黒天>
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<池上七福神色紙>


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